期待と落胆の関係性

実は、コレ、とっても簡単な仕組みなんですよ。
期待、って、スピで言うトコの「ワクワク(by バシャール)」だと思うでしょ?
そもそも、それが”誤謬”で、期待するから”落胆”するんです。
正確には、自己信頼や理解が足りない状態で、他人の”情報”へ依存するから、
自分の魂さんに「それ、違うしー」って、返されてるだけ。

意図とか、ワクワクとか、本当は、すごーくレベルが高い(実際、7次元)話。
そもそも、地球の「国語辞典」に載ってるような”意味”ではないのよ。
低次元の地球人の為に、高次元の存在が”比喩”として話してくれているだけ。
例えば、赤い球体を説明するとして。
人によっては「林檎のような色の球」と説明するかもしれない。
でも、それで「赤い球体=林檎=食べられる」とは思わないでしょ?
それなのに、事スピに関しては、一足飛びに「食べられる」という”誤謬”を起こす。
挙句、実際に齧って、あーだこーだと文句を言うんですよ(笑)

欲求を手放すことです。
飢餓感を手放すことです。
欲しがるのではなく、ただ落ちてくるものを受け止めてください。

↑は、去年の7月にエーマヒーリングを受けた時のメッセージ。
まあ、自己統合に至るまでは、完全にコレです。
意図的な”創造”が出来るのは、カラダ・感情体・知性体が疎通している時だけ。
ぶっちゃけ、自己統合前は何を”意図”しても、飢餓感に”汚染”されてますから。
無理に、何かを願っても、反対なモノが来ちゃう可能性、大です。
あとは、魂レベルの計画に関しては、拒否権なしの自動運転だし。

すべての機会は通過点となります。
あなたが思う「転機」でさえも見方を変えれば一つの通過点です。
あなたが転機という言葉を使う時、
流れをコントロールしようとしている意図に気づいて下さい。
期待を手放し、起こる出来事に身を委ねましょう。

この辺り、進捗によって反応が違って来ると思います。
一旦、自己統合に至ると、多少の”揺らぎ”はあっても、↑は納得でしょう。
でも、まだカラダ優位の人は、怒りや反発を感じると思います。
そういうのが、スピの面倒臭いトコで、1年生と上級生(?)が同じ場所にいる。
上級生向けの”情報”で、新1年生が”行動”しようとする、変な世界(笑)
挙句、SEOが巧ければ、騙りで商売の”大手”にも成り上がれますからね。

まず、ヒトというのは「期待する生きもの」です。
すべての”創造”は、感情という”欲求”から始まります。
だから、期待すること自体は、決して「悪」ではなく、二元論の対象でもない。
ただし、その”欲求”を「どう扱うか」は、また別の問題なんです。
この「どう扱うか」ということを”学ぶ”のがスピリチュアルの本質になります。
ココを履き違えるから、苦しく・辛くなるんです。

    *    *    *

何かを”期待”している時、今一度、その”期待”を観察してみましょう。
それは、こうなったらいいな、という「空想」ですか?
もしも、それが「空想」であるのなら、根拠という”基盤”は存在しません。
基盤の無い場所に、何かを”創造”することは不可能ですから、
そもそも、叶わなかった時に「落胆」する必要はない訳です。
ここまで、大丈夫でしょうか?

では、次に何らかの”根拠”があるという場合ですが。
その”根拠”は、真実、100%、自分の内側から生まれたモノですか?
違うはずです。真実、100%、自分の内側から生まれたモノならば、
それはもはや”意図”で、実際に創造されるので”落胆”のしようがない訳です。
落胆は、自分の外側に”根拠”を求めた場合にのみ、起こりうるもの。
借り物の”意図”では、真の”創造”は出来ないという「証明」に過ぎません。

あとは、そこから何を学ぶのか、学ばないのか、の違いです。
現実と向き合いながら、スピの”経験値”を積んでLv上げをして行くのか、
スピ世界は平等♡という”妄想”に踊らされて、退化の道を辿るのか。
真に”平等”なのは、魂側(見えない世界)であって、
コレが現実世界へ”具現化”されると、それは”等しく不平等”という現象になります。
何故なら、カラダ側の”平等”は、魂側では”不平等”で歪な状態だから。

残念ながら、今まではそこへ”搾取”も絡んでいましたが。
これからは、どんどん魂側の”不平等”が改善されて行く流れになります。
つまり、カラダ側の大好きな「みんな平等♡」は、瓦解します。
そして、唯物主義から離れない限り、この”本当の仕組み”は見えて来ません。
上辺だけのスピリチュアルで、期待と落胆を行き来するだけです。
本当の”創造”は、期待⇔落胆のレイヤーには存在し得ないのです。

雀一羽落ちるにも天の摂理が働いている。
いま来るなら、あとには来ない。
あとで来ないなら、いま来るだろう。
いま来なくても、いずれは来る。
覚悟がすべてだ。
生き残した人生のことなど誰に何が分かる。

『ハムレット』シェイクスピア全集I・松岡和子訳

究極、コレなんですよ。コレ。
泰然自若とか、従容と受け入れるとか、そんな感じ?
誰がどうとか、こうなったら嫌だとか、グタグダなうちは”創造”なんて出来ない。
完全に、魂側へ委ねて、初めて「創造プロセス」へ入れるんです。
それまでは”見習い”ですから、満足な”現実”が創れなくても仕方ないのよ。
陶芸でろくろ回してる図とか、想像したら納得出来るでしょ?
しかも、師匠(?)の魂さん無視してたらさー。
そりゃ、ロクな作品(=現実)創れなくて当たり前ですよ(笑)

因みに、↑の期待⇔落胆の「根拠」の話。
これは、自己信頼(自己肯定)、自己愛にも同じことが言えます。
自分の外側に根拠(見た目とか、物質的なもの)を置くと、
ある日、それがポキッと、呆気なく折れたりしちゃいますからね。
如何に、しなやかに”柳に雪折れなし”で生きて行くか。
そういうのも含めて、スピリチュアルの旅は一生続いて行くものなんだよ。
決して、期間限定で「やりきるモノ」ではなくてさ。
まして、私利私欲の「願い」を叶える手段でもなく。

あなたの人生に起こる出来事について、
あなた自身が納得できる意味を見つけること。
それが、あなたがこの地球ですべきことです。

コレね、所謂”ソウルワーク”について訊いた時の、上の人の返事。
魂さん視点では、本当にこれしか求めてないのよ。
自分なりに、経験にラベル貼って、整理整頓して行くだけ。
結果として、それが他の人の”旅路”を照らす光になったり、
やがて、その”光”が沢山集まって、地球への”貢献”になったりするだけ。
だから、今のライトワーク推しは、異常なんです。

アセンションに絡めて、利己主義=悪で、利他主義になれというけれども。
スピの”本質”を知れば、コレが如何に”搾取”の為の罠であるか分かるハズ。
この辺りの「搾取の構図」については、何処かで書きたいですが。
一先ず、期待⇔落胆のレイヤーからは、脱出した方がいいですよ、という話。
分かっていても、ついつい「目に見えるもの」で判断しちゃうけどさ。
陶芸と一緒(?)で、沢山創って練習するしかないよね?

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